仁多米がおいしいわけ

ヤマタノオロチの住む山「船通山」について

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ヤマタノオロチ伝説

登場人物:素戔嗚尊、脚摩乳(あしなづち)、手摩乳(てなづち)、奇稲田姫(くしいなだひめ)

オロチ:一つの胴体に8つの頭、8つの尾を持ち、目はホオズキのように真っ赤であり、体にはコケやヒノキ、スギが生え、8つの谷と8つの丘にまたがるほど巨大で、その腹は、いつも血でただれている。

 

乱暴を働いたことで高天原(たかまがはら/天上界)を追放された須戔鳴尊(すさのおのみこと)は、出雲国(島根県)の斐伊川の上流、鳥髪( 船通山)におりたちました。

スサノオノミコトが上流へ向かうと、一人の娘を囲んで泣いている老父と老婆に出会います。老夫婦から8人いた娘がオロチに毎年1人ずつ食べられ、残るはクシイナダヒメだけになってしまったことをきいたスサノオノミコトはクシイナダヒメを妻にする代わりにオロチを退治すると約束し、老夫婦に強い酒をつくり八つの桶に入れておいてくれと頼みます。やがて現れたオロチは八つの頭を八つの桶に突っ込んで酒を飲み、酔っぱらって寝てしまいます。そこをスサノオノミコトが刀で切り刻んで退治するお話。

その後・・・

刀がオロチの尻尾に差しかかった時、何かが刃先に当たり、刃が欠けてしまいます。中を裂いてみると、剣が出てきました。この剣は、天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)で、須戔鳴尊は、姉の天照大神(アマテラスオオミカミ)にこの剣を献上したと伝えられています。

 

天叢雲剣と草薙剣(アマノムラクモとクサナギノツルギ)

ヤマタノオロチの頭上にはいつも雲がかかっていたので「天叢雲剣(アマノムラクモ)」と名付けられました。

天叢雲剣はのちに、ヤマトタケルが伊勢神宮でこれを拝受し、駿河国で、この神剣によって野火の難を払い、草薙剣の別名を与えたとされています(日本書紀では異伝)

確かに、島根は曇りの日がとても多く、カラっと晴れることが少ないように思います。

船通山山頂には天叢雲剣出顕之地の碑があり、毎年728日に船通山記念碑祭・宣揚祭が開催されます。

船通山概要

名前船通山
位置 奥出雲町と鳥取県日南町の県境。
(緯度:経度:)
比婆道後帝釈国定公園に指定。
標高1142.5m
山頂まで2.2km。一時間ちょっとです。
見どころ 山頂付近には国の天然記念物で世界最大の「イチイの木」
事前知識

八岐大蛇伝説の須佐之男命に由縁の深い山で、

山頂には“天叢乃剣(あまのむらくものつるぎ)出顕之地”の記念碑が建てられています。

登山コース 鳥上コース:沢伝いに石畳の道を登る歩きやすいコース。
中腹には「鳥上ノ滝」があり、斐伊川の源流といわれています。
亀石コース:ブナ林を歩く、歩きやすいコース。
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▲平成29年7月30日の船通山山頂の様子。

画像右側に見えるのは山小屋(避難小屋)。
船通山は5月のカタクリの花が有名な山ですが、かわりに見事な真っ白な花畑が見れました。
フジバカマが一面に咲きほこり、アサギマダラとアゲハ蝶がひらひらと飛び回っていました。
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▲上の画像:アサギマダラとフジバカマ

◀左の画像:船通山山頂から仁多の町を見下ろす。

少しもやがかかった様子でした。
当日(7月30日)の奥出雲町の天気は晴れ(最高30℃/最低24℃)。
鳥上滝コースは斐伊川上流の細い川を右に見たり左に見たりと川とともに登るため、道中は涼しく、沢が終わって周囲の木々の背を超えるような山の尾根を上がるようになると、とたんに蒸し暑くなり、木漏れ日が差し込む場所ではマムシたちがが日光浴をしている姿がちらほらとありました。


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