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宇美神社で輪くぐりさんが行われました。

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2018年6月30日、出雲市平田町の宇美神社にて「輪くぐりさん」のお祭りが行われました。
(写真は本堂の様子です。提灯がともり、次々にお参りされていました。)
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「輪くぐりさん」とは、夏に向かうにあたって無病息災、家内安全を祈り、茅(かや)の輪をくぐり抜けるお祭りです。
鳥居に直径2.5メートルの茅の輪をつけて、1年の半分が過ぎる水無月(6月)の晦日(末の日)に毎年行われています。

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おまいりの方が多かったため、鳥居の上と下とを別々に撮影しました。
この茅を踏まないようにくぐり抜け、参道に入ります。
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全体はこのようになっています。
手前に見える鳥居には茅の輪が取り付けてあり、奥に見える本殿までの参道には屋台が並びます。

輪くぐりさんの由来

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輪くぐりさんのルーツは日本書記にあるようです。

素戔嗚尊(スサノオノミコト)が旅の途中、貧しい兄の「蘇民将来」と裕福な弟の「巨旦将来」に宿を求めた際、裕福な弟はそれを拒み、兄は貧しいながらも手厚くもてなしました。
数年後、素戔嗚尊(スサノオノミコト)は兄を訪ね、「悪い病気が流行ることがあれば、茅で輪を作り腰につけ難を逃れよ」と教えました。
その後、疫病がはやり、弟の家族は皆倒れましたが、兄家族は茅の輪で助かったということだそう。
この言い伝えから「蘇民将来」(私の家は蘇民将来の子孫です。の意味。)
と書いた紙を門に貼っておくと災いから逃れられるとされ、当初は腰に下げていた茅の輪でしたが、江戸時代初期、現在のような大きな輪になり、
無病息災や罪を祓うという神事になったようです。

出雲大社の「輪くぐり神事」

「輪くぐりさん」の神事は、日本各地で行われています。
出雲大社で行われている「輪くぐりさん」については、下記リンクからご覧ください。こちらもどなたでもお参りができるようです。

「蘇民将来」の和訳

二十二社註式 祇園社(群書類従)
 「神社本縁記いわく。昔、北海に坐すの武塔神、南海の女に通いて、彼に出ますに、日暮れたり。彼の所に将来二人ありき。兄は蘇民将来という。甚だ貧窮。弟は巨旦将来という。富饒で屋舎一百ありき。ここに武塔神が宿る所を借りるに、惜しみて借さず。兄の蘇民将来は借したてまつる。すなわち、粟柄を以って席となし、粟飯を以って、饗たてまつる。武塔出まして後に、年を経て八柱の子を率い還り来て、我、まさに奉りの報答を為さんとす。曰く。汝に子孫ありや。蘇民答えていわく。己(おのれ)に子女、子と婦と侍ると申す。宣わく。茅を以って輪を為し、腰上に着けよ。詔に随いて着く。即ち、夜に、蘇民の女(むすめ)、子と婦と置きて、皆ことごとく殺し亡ぼしてき。時に詔わく、吾は速須佐能神なり。後世に疫気あらば、汝、蘇民将来の子孫と云いて茅の輪を以って腰に着く人あれば、まさに免れむとすと詔き。」

備後国風土記逸文
 「備後国の風土記に曰く。疫隈の国社。昔、北海に坐しし武塔神、南海の神の女子をよばいに出でいますに、日暮れぬ。彼の所に将来二人ありき。兄の蘇民将来は甚だ貧窮。弟の将来は豊饒で屋倉一百ありき。ここに、武塔神宿る所を借りるに、おしみて借さず。兄の蘇民将来は借したてまつる。すなわち粟柄を以って座となし、粟飯等を以って饗たてまつる。ここにおえて出で坐す。のちに、年を経て、八柱の子を率いて還り来て詔りたまひしく、我は将来の報答を為す。汝の子孫、その家にありやと問いたまふ。蘇民将来、答えて申ししく。己が女子、この婦と侍りと申す。すなわち詔りたまひしく。茅の輪を以って腰の上に着けさしめよ。詔にしたがひて着けさしむ。すなわち、夜に蘇民の女子一人を置きて、皆ことごとく殺し滅ぼしてき。すなわち、詔りたまひしく。吾は速須佐雄能神なり。後の世に、疫気あれば、汝、蘇民将来の子孫といひて、茅の輪を以って腰に付けるある人は将にのがれなむと詔たまひしき。」


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これによると、蘇民の女子のみが助かっているようです。また、神の名が素戔嗚尊(スサノオノミコト)と異なる古文(牛頭天王)もあります。

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